元々、漢字にはいろいろな形がありました。例えば、「タイリョク」は「體力」とも「躰力」とも「体力」とも書きました。「ヒャクマン」は「百萬」とも「百万」とも書きました。「體/躰/体」「萬/万」のように、意味や読み方は同じで、形だけが違う字のことを異体字といいます。
図1:『兎と亀』の一部、大正13年
(<https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1168523/59>-</60> を一部改変。初めのページでは「亀」を、次の頁では「龜」を使っている。「亀」と「龜」は異体字)
ところが、日本政府が漢字の形を定めようとします。
表1: 漢字字体の統一の歴史
平成29 (2017) 年9月25日 |
漢字の表 (改正) 告示 |
平成27 (2015) 年1月7日 |
漢字の表 (改正) 告示 |
平成22 (2010) 年11月30日 仝年仝月仝日 |
漢字の表 (改正) 告示 常用漢字表 告示 |
平成21 (2009) 年4月30日 |
漢字の表 (改正) 告示 |
平成16 (2004) 年9月27日 仝年7月12日 仝年6月7日 仝年2月23日 |
漢字の表 告示 人名用漢字別表 (改正) 告示 人名用漢字別表 (改正) 告示 人名用漢字別表 (改正) 告示 |
平成12 (2000) 年12月8日 |
表外漢字字体表 答申 |
平成9 (1997) 年12月3日 |
人名用漢字別表 (改正) 告示 |
平成2 (1990) 年4月1日 |
人名用漢字別表 (改正) 施行 |
昭和56 (1981) 年10月1日 仝年仝月仝日 仝年仝月仝日 |
人名用漢字許容字体表 告示 人名用漢字別表 (改正) 告示 常用漢字表 告示 |
昭和51 (1976) 年7月30日 | 人名用漢字追加表 告示 |
昭和26 (1951) 年5月25日 | 人名用漢字別表 告示 |
昭和24 (1949) 年4月28日 |
当用漢字字体表 告示 |
昭和21 (1946) 年11月16日 |
当用漢字表 告示 |
昭和20 (1945) 年8月15日 |
終戦 |
昭和17 (1942) 年12月4日 仝年6月17日 |
標準漢字表 (修正) 公布 標準漢字表 答申 |
昭和13 (1938) 年7月 |
漢字字体整理案 答申 |
昭和6 (1931) 年6月3日 |
常用漢字表 (修正) 発表 |
大正15 (1926) 年7月7日 |
字体整理案 発表 |
大正12 (1923) 年9月1日 仝年5月12日 |
常用漢字表 実施ならず 常用漢字表 発表 |
大正8 (1919) 年12月25日 |
漢字整理案 発表 |
日本政府の差響でしょうか。戦中には、一部の学会や新聞社が略字を使うようになりました。
図2: 戦中の日本機械学会が使っていた字
図3: 昭和17年3月27日の朝日新聞 (東京)
(比留間 [2010] から引用。「発」「残」「勧」が使われている)
図4: 昭和19年6月17日の朝日新聞
(比留間 [2014] から引用。「賎」「断」「発」が使われている)
戦前、戦中の日本政府の試みは、いろいろな事情によりほとんどが失敗しました。
戦争が終ると、日本政府は当用漢字字体表を発表しました。常用漢字表や表外漢字字体表も発表しました (註1)。そのせいで、多くの異体字が衰退していきました。
戦前、戦中の試みにも、戦後の当用漢字字体表や常用漢字表にも、同じきらいがあります。一つ目が、異体字の中でも簡単な形を選ぶところです。二つ目が、印刷の形を作り変えて、手書きの形に近づけたところです。
まず、簡単な形を選んだことです。 例えば、「體」や「躰」をなくして「体」だけを残しました。「萬」をなくして「万」を残しました。
図5: 常用漢字の極端な略字といわゆる康熙字典体の比較
(大熊 [2010] から引用。いわゆる康熙字典体とは、戦中まで明朝体の標準とされていた形のこと)
次に、印刷の形を手書きの形に近づけたことです。図6をご覧下さい。
図6: 明朝体と楷書の比較
左の三つの字も右の三つの字も、同じ読み方で同じ意味です。ですが、形が少し異なります。 実は、左は明朝体という印刷用の漢字、右は楷書という手書き用の漢字なのです。刷るための字と書くための字は、本来は形が違うのです。明朝体や楷書などの形の違いを、書体といいます。
図8: 形が改められた明朝体の例
このように、現代の日本の漢字は、
【1. いろいろな形を使わず、簡単な1種類の形だけで済ませる】
【2. 違う書体でも、ほぼ同じ形を使う】
という二点で、戦前・戦中の漢字とは形が変ってしまったのです。
人名用漢字別表や漢字の表は、人の名前に使える漢字を定めたものでした。ですが、人の名前でない言葉にも使うようになりました。
国語審議会の昭和23年6月1日の安藤主査委員長の報告では、次のようなことが言われています (文化庁 不明)。
今までの活字の字体は,主として活字本位でありましたために,筆写体とのへだたりが多く,それが社会的にも教育上にも大きななやみのたねともなっていたのであります。ここに活字字体の整理という問題も起ってきたわけでありますが,今,さらにこの問題をおしひろめて印刷体にも筆写体にも通用する一般的の字体の整理としてこれをとりあげることになってみますと,両者の調整がじゅうぶんに考えられなければなりません。これは当然のことであります。
安岡孝一・安岡素子 (不明)「人名用漢字別表の変遷」, <http://kanji.zinbun.kyoto-u.ac.jp/~yasuoka/kanjibukuro/japan-jimmei3.html> 2020年3月3日閲覧.
大熊肇 (2010)「教育漢字についての私見 (1)」, <http://tonan.seesaa.net/article/142443289.html> 令和2年9月9日閲覧.
裘錫圭 (2013)『文字學概要 (修訂本)』商務印書館.
国立国会図書館 (2020)「漢字表 (字種・字体の変遷) を調べる」, <https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/post-576.php> 2020年2月5日閲覧.
比留間直和 (2010)「『改定常用漢字表』解剖 6」, <http://www.asahi.com/special/kotoba/archive2015/moji/2010072900009.html> 2020年3月29日閲覧.
比留間直和 (2014)「朝日字体の時代 18」, <http://www.asahi.com/special/kotoba/archive2015/moji/2014102600001.html> 2020年5月11日閲覧.
府川充男 (2005)『聚珍録 第三篇: 假名』三省堂.
文化庁編 (1996)「国語施策沿革資料11 漢字字体資料集 (諸案集成1)」, <https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/sisaku/enkaku/enkaku11.html> 2020年2月5日閲覧.
文化庁編 (1997)「国語施策沿革資料12 漢字字体資料集 (諸案集成2・研究資料)」, <https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/sisaku/enkaku/enkaku12.html> 2020年2月5日閲覧.
文化庁 (不明)「第14回国語審議会総会における安藤主査委員長の報告 : 字体整理案について」, <https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kakuki/syusen/sokai014/03.html> 2021年5月23日閲覧.